11/8までの限定公開とのことです。
— タムラ@コツコツいこうぜ!( •̀ᴗ•́ ) (@TakashiTamura9) 2021年11月6日
ぜひご一読を。
「なにを言ってるかじゃなくて、なんで言ってるかを考える方が、大切。」
私自身にも言い聞かせたい。
字面ではなく、そう言わせてる背景には、どんな気持ちが隠されているかを、ちゃんと見極めていきたいです。 https://t.co/hlNmjob8qs
Twitterにも書いている通り、2021/11/8までの公開なので、もうアクセスできないかも知れません。
出来事をざっくりと要約しておくと下記の通りです。
- 岸田さん宛に障害者に対する酷い中傷コメントが来た
- 岸田さんがそれを引用して、断固たる措置を取るとツイート
- コメントした人がそれを見て岸田さんに謝罪、該当ツイートもアカウントも削除
- 岸田さんとコメントした人は既に和解している
- コメントした人にも、事情があった
この出来事に対して、コメントした人に対しての岸田さんのコメントが書かれていました。
その中で紹介されていた岸田さんのエピソードが印象的でした。
岸田さんはお父さんが亡くなった時、その辛さからお母さんに
「オカンが死ねばよかったのに」
と言ったことがあったそうです。
大人になって、岸田さんはお母さんにその事を涙ながらに謝ったのだそうですが、
その時のお母さんの言葉が
「本当につらい時ほど、人はうまく言葉にできへんもんやね。奈美ちゃんがなにを言ってるかじゃなくて、なんで言ってるかを考える方が、ずっと大切やと思ったよ」
だったそうです。
なにを言ってるかじゃなくて、なんで言ってるかを考える方が、大切。
この言葉が本当に印象的でした。
「お前のかーちゃんでーべーそー!」ば何のためにいわれてるのか?
なにを言ってるかじゃなくて、なんで言ってるかを考える方が、大切。
この言葉は、字面だけ追いかけてる私にとってとても大切なことだなと思いました。
「お前のかーちゃんでーべーそー!」
ってのは、別に相手のお母さんがでべそであることを伝えたくていってるわけじゃないんですよね。
相手をからかいたくて言っているだけ。
小学生男子が女子をいじめるのは、女子に好意があるから。
そして私が最近発見したのはこれ、子供だけじゃないんですよね。
大人でもよくある。
人の仕事にやたら難癖をつけてくるけど、実は自分の意見を通したいだけだったり、
昔のことを持ち出して延々なじられるけど、実は自分の気持ちに気づいてもらえなくて悲しいだけだったり、
です。
「そんなん、常識じゃね?」
って思われるかもなのですが、私は字面だけで判断しちゃっていたのです。
「あれ?これって、本質は言っている事と違うところにあるんじゃね?」
と思い始めたのは、ごく最近です。
今まで何考えて生きてきたんだ、と自分で自分に残念です。
しかし、気付きに遅すぎるということはない、
というのが私の持論です。
「なにを言ってるか」じゃなくて、「なんで言ってるか」
を常に考えていきたいと思います。
「なにを言ってるか」じゃなくて、「なんで言ってるか」
をぼんやりと考えるきっかけになったのは黒川伊保子さんの本を読み始めてかなぁと思います。